長崎くんち「銀屋町鯱太鼓」TOP銀屋町の目次亀山と田茶屋/亀山焼出世鯉香炉について



《 亀山焼出世鯉香炉について 》


 銀屋町傘鉾の飾は流金出世鯉と呼ばれ、文政三年山本泰助に依り作られました。其れは唐船により長崎へ渡って来た唐物(からもの)鯱の香炉を写したものとされている。江戸時代中期より長崎では唐金、鋳物製出世鯉や鯱が盛んに作られていたそうですが、焼物の出世鯉香炉はあったのだろうか、しかも長崎製として。

 このストーリーの構成上必要不可欠な亀山焼による鯉形香炉について、焼き物に詳しい方々に尋ねまわってみましたが良い答えは皆無でした。
 最後に一途の望みを託し亀山窯周辺で作品の欠片を収集されている方にお会いした時、ご自分で「龍の鼻」と呼称された欠片を見せて頂きました。(大きさは三センチ〜四センチで鼻の上部から口先部分)
 私は胸の高鳴りを抑え写真を取らせてもらい持参してきた写真(中国明時代:音花登龍門香炉(鯉形香炉))と比較して見ました。藍の色調は言うまでもなく、ヒゲ、牙の取付位置は同じであるが、根元の部分は現存するも先端は欠損、四角い前歯状は現存(写真も同じ)しかも上あごの口中には横へ細い溝状が幾重にも刻み込んで有り。これらを総合的に見て口を開けた状態の物を作ろうとした可能性が考えられます。
 亀山製の鯉形香炉が作品として完成されたかは不明であるが、この欠片は其れを意識して作ろうとした結晶ではなかったか。
 いつの日か必ず完全な状態の出世鯉香炉に会えると信じてこれからのライフワークとしたいと思います。


平成21年4月8日公開